宇多田ヒカル
小袋成彬
酒井一途
座談会

Section 3

「急に、地獄の蓋が開いたようになって。歌いながら泣いて、床でティッシュに囲まれながら、鼻水と涙を拭いて」

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「急に、地獄の蓋が開いたようになって。歌いながら泣いて、床でティッシュに囲まれながら、鼻水と涙を拭いて」

宇多田:特に『Fantôme』からは、個人的な体験と直接的に結びついた歌詞になればなるほど、歌詞のフィクション性が高まってる。むちゃくちゃ私の、個人的な体験から来てることなのに、歌詞にキャラ設定が生じたりする。五十代くらいの女性が、こういう過去の体験をもって、今こういう風景を見ながら、こういうことを思っている、という設定が同時に出てきたり。「真夏の通り雨」もそうだし。「花束を君に」もすごくパーソナルなところから来ているのに、娘の結婚式で感動してる父親、という設定もあったりして。そういうのって、フィクション性だと思う。なんでだろう、不思議だよね。相反するものに思えるのに。
 それを受けて小袋くんが言ってたのは、「それだけパーソナルなことをそのままフィクション性なしで出しちゃうと、ただの嗚咽になっちゃうから。バランスを取って、形あるものに仕上げるために、フィクションの設定が出てきて、抑制するプロセスが必要になってくるんじゃない?」と。なるほど! って思って、いつかインタビューで言いたいなと思ってたけど、ぜんぜん話すタイミングがなかったから。いいタイミングで話せたかな。

小袋:爆発じゃないよね。芸術は。言い得て妙な時もあって、たとえばロックバンドとか、思いの丈を言葉にした時にリズムになってしまう、旋律になってしまう、というのは爆発タイプの人だろうな。僕はそうじゃない。

宇多田:芸術は何かっていうと、抑制だよね。Restraint。

小袋:それがすべてじゃないけど、僕らにとってはひとつの要素だよね。酒本信太も同じことを言ってた。「昔のことを思い出して、曲を作ろうとして、心のなかでそれを思い描いた瞬間に、涙が止まらないんだ、曲になんかならないんだ」、と。それをいかに抑えて、曲にするかということをね。

宇多田:爆発もあるんだけど、ある程度コントロールした環境で起こすものだから。それさえも抑制だと思う、爆発自体が。

酒井:ヒカルさんにとっての抑制って、何を抑制しているの?

宇多田:私の抑制は、なんだろう……。簡単に言うと、生存のための抑制。何かつらすぎたり、これ以上感じたらキャパオーバーして頭がおかしくなる、って本能的に思うラインがあるんだろうね。そこを超えた瞬間に、バスっと抑制スイッチが入って、感じなくなる。記憶すらしないこともある。脳が「これ無理です。処理できない」ってなって、記憶しなかったり、記憶をどこか意識から遠いところに押し込んで忘れるの。何年も経ってから、思い出すことがあったりもする。
 日常的にもそういうのが癖になって、感じすぎたら身体に害になるだろうと思うことを、感じなくしちゃう。自分の中で、いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく。で、たまにその部屋を開けて、わああってなる。そういうのが私の抑制。その部屋さえいっぱいになった時に、爆発するのかな。
 私、曲を作るプロセスの中で、完全に音から始まって、コード進行とかメロディのアレンジを初めにやって、そこからヴォーカルのメロディを探って歌っているうちに、仮の英語の歌詞とかが流れてきて、それを歌っているときに、泣きだしちゃうんだよ。急に、地獄の蓋が開いたようになって。歌いながら泣いて、床でティッシュに囲まれながら、鼻水と涙を拭いて、自分の周りに輪っかができるくらい。そうやって最初は感じたいから、ただただ泣いてるんだけど、だんだん泣きながら、「私、なんで泣いてるんだ?」って、分析しはじめる(笑)そういうステージに移行する。やっぱり泣き続けはするんだけど、せっかくいま蓋が開いてるんだからって、すごく冷静に自分で、その奥に入っていって、かき分けて見てこようできるだけ記録しよう、って。ああなるほど、こういう気持ち、こういう言葉か、って感じたものや、聴こえたものをできるだけ覚えておきながら、鼻かんで。そこが爆発で、発散して疲れて、出てきたなってなってから、メモる。

酒井:なんかさ、精神分析のセッションを自分ひとりでやってるみたいだね。創作のプロセスのなかで。

宇多田:そうそうそう(笑)そういう風にしないと、でてこないから。蓋して奥に追いやってるものがね。私は曲を作るという作業、音楽作るということがなかったら、こんなにいっぱいいろんなものがたまってることに気づかずに、病気とかしてるだろうな。音楽という場があって、本当に救われてるんだなって思う。

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宇多田ヒカル/初恋

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