Section 10
「俺が思うChris Daveを、Chris Dave本人が叩いたら、果たして誰のビートなんだ?」
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小袋:今回のアルバム『初恋』で意識されているのは、「遊び」なんだって、いつかの会話で聞いたことがある。それについて聞きたいな。
宇多田:アルバムのタイトルを考えているときに、最初にふと出てきたのが「遊び」って言葉で。アルバムを作り始めたころに、沖田さんが「今回の作品は遊び心がありそう」と言ってたの。『Fantôme』は、私も自分で喪に服してるようだったから、喪が明けて開放されたときに、何が出せるか。ただ下を向いて、悶々と内省するものではないだろうな、という気はしてて。それで「遊び」について考えたとき、白洲正子さんの『名人は危うきに遊ぶ』っていうエッセイ集で、「遊びをもたせるということは、余裕をもたせるという意味で使われていた」と書かれていたのを読んで。それが、今回の自分のattitudeに共感するところがあった。で、実際その通りになったから、前よりも気楽にできた。なるようになるし、最終的に自分で束ねられる自信があったんだよ。
『Fantôme』を作ったときに、初めて生の演奏を使いはじめたから、その当時はまだ探り探りだったんだよね。自分のデモが生の演奏に差し替わったらどうなるか、というのが、あまりうまく想定できないままに進めていて、やってみてから「あっ、いいじゃん」ってなったりして。そういう風に、初心者的にやってた。
今回はもう経験を経て、だいたい想定した上でデモを作れたから、良かった。ミュージシャンに対する信頼もあって、前よりもうまくミュージシャンを使えたし。デモでは、ベースもドラムも一切入れてなくても、その場でJodi MillinerとChris Daveに「こんなイメージなんだけど、やってみて。何かできる?」って、丸投げしてもオッケーだった。彼らと対話すれば通じるし、彼らも私の音楽を面白いと思ってくれていることを感じながらやれたから。結局使えなかったり、ない方がいいねってなることもあったし、曲によっては「最高何これ、やばい、本当に良くなった」というのもあったし。どうにでもなる感覚で、とりあえずやってみよう、ってことができた。歌詞にしてもそうだしさ。自信というか、余裕を感じてやれた。
小袋:僕はプロデューサーをずっとやってたから、あいつがこう叩いたら、こう仕上がるだろうというのは、大体予想通りにコントロールできるようになったのよ。それで今回入ったけど、なんかもうすごすぎて。予定調和のように打ち込んでるだけじゃ、本当に面白くないんだなって感じた。まあ彼らがうますぎるんだけどね。
宇多田:私もできるだけこうしたいというのを、ただただデモで拙いなりに表現してるだけで。下手にドラムの知識とかないのがいいのかも。小袋くんだったら、ドラムのパーツとか細かく入れちゃうでしょ。
小袋:「パクチーの唄」を一緒に作ったとき、途中でドラムのリズムが変わるところで、Chris Daveっぽいものを入れたんだよ。彼のドラムを僕は研究してたし、それを現場に持っていって。Chrisは真面目だから叩いてくれたんだけど、俺が思うChris Daveを、Chris Dave本人が叩いたら、果たして誰のビートなんだ? って自問自答しちゃって。仕上がりは素晴らしくよかったんだけどさ。今まで人に任せることをしてこなかったから、これからは人を信頼するというところに繋がるくらいのものだった。任せていいんだ、って。
宇多田:私は想定なんてできないと思うの。音楽やる上では、リアクションしかない。だからパッて出したものに対して、リアクションする。その繰り返しで、完成できる。
小袋:僕は環境の問題で、そんなにうまい人が周りにいなかったから、これ通りに叩いてもらわないと、自分以上のものが出てこないって場でね。だからこそ、今回トップ中のトップを知ることができたのは、かけがえがなさすぎる。感謝してもしきれないね。僕個人の感想だけど、『初恋』に参加できて本当に良かった。素晴らしいアルバムだと思う。一人ではできないものを成し遂げてる。