宇多田ヒカル
小袋成彬
酒井一途
座談会

Section 12

「考えが及ぶ限り、コントロールできる限りのことをやるんだけど、そこで一回手放すんだよ」

Page1

「考えが及ぶ限り、コントロールできる限りのことをやるんだけど、そこで一回手放すんだよ」

小袋:Chris Daveは、ジャズの中でも相当異端で、非常にうまいドラマーで。僕も現場で一緒にいたけど、本当に不思議な人だった。

宇多田:彼の参加は大きかった。

小袋:Chrisは、ヒカルさんのリズムのこだわりに対して彼なりのアプローチで参加してて、それが今回のアルバムをもっとも甘美にしている一つの要素だなと思う。

宇多田:彼は、ドラマーの発想じゃないリズムのこだわりがあるんだよね。今回のアルバムで、キックとかスネアとかハイハットっていう、元々ドラムにある要素でプログラミングしてるとこもあるんだけど、普通そんな叩き方しないでしょ、っていう変なリズムの置き方をデモで作ったの。それをChrisに聴いてもらって、こんな感じでお願いします、って。

小袋:僕からしたら、デモの時点でむちゃくちゃなのよ。でもこだわりのリズムなのよ。それプラスアルファで返してるChrisのプレイを見ると、本当にすごいなと思う。

宇多田:彼と相性が良かった理由は、アカデミックな感覚で「何分の何というリズムでここを捉えて計算すると理解できる」ってしてくれたところ。違う二つのタイムシグニチャーを鳴らして、どこかで融合して一緒にするというのが得意で、トリッキーなことでもできちゃう人だから。私のわけわかんないデモも、物理的にも感覚的にも理解してくれて、混乱なくやってくれたのがありがたかったな。

小袋:彼はスネアとかキック単体よりも、全体としてどうかという視点がある人でさ。ハイハットを叩いても、その上にタンバリンを乗せていて、ハイハットを叩いた瞬間にタンバリンが上がって落ちる。だから、「ジャキッ」っていうちょっとザラッとした音の感じが出るんだよ。ヒカルさんがプログラミングで作ったイメージを、より面白いものにしてる。

宇多田:私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌で、だから自分の声を後からエディットしたり、携帯のボイスメモ入れたり、ラジオとか、Uberの運転手の話し声が入ってるものを、そのまま使っちゃったりするの。
 あと「夕凪」って曲で一番好きな要素があって、聴いてるとすごくいいところでピアニストが体勢を変えて、椅子が「ギギギギ」って言ってる場所が何箇所かあるの。それが絶妙なとこで入ってて。この曲、仮タイトルを「Ghost」にしてたんだけど、おばけがいるみたいで本当に好きなの。この音がなかったら、ここ物足りないだろうなって思う。自然の出来事による雑音が、すごくいい。無音空間だと不自然だから。

小袋:「あなた」のMVで出てくるスタジオがレコーディングスタジオでさ。本当いいとこなのよ。何がいいって、響きが素晴らしいの。反響音が素晴らしくて。日本にないんだよ、なかなか。日本はすごくきっちりやりたがるから、叩いても絶対に音が反響しないようなスタジオしかない。全部じゃないけど、そういう傾向がある。

宇多田:無菌室みたいな。研究対象としてサンプルを取るにはいいんだけど、予想外のことが起きない。

小袋:それこそ椅子の軋みも含めて、ロンドンのスタジオはそれを良しとして、そのスタジオでないと鳴らない音を売りにしている。歩いてても普通に軋むの。ミシッミシッって(笑)

宇多田:ピアノの椅子のことも、レコーディング終わってから誰かが、「何だこの椅子、めっちゃ音が軋むなあ」って言って。Steve(※前作「Fantôme」から宇多田ヒカルの作品に携わるエンジニア)も「めっちゃ音するなあ、ハハハ」だもん。それだけ。じゃあ椅子変えて録り直そう、という発想はない。

小袋:たぶん日本だったら録り直す。

宇多田:それくらい椅子の音がすごかったの。

酒井:偶然に入りこむものが、それも含めてすべて良しなんだね。

宇多田:そこが余裕だよね。生で起きたものをそのまま良しとしている。

酒井:完璧主義のSteveがその反応というのも面白いね。

宇多田:そうなの。全部準備はするし、音を試してマイクを変えたり、考えが及ぶ限り、コントロールできる限りのことをやるんだけど、そこで一回手放すんだよ。
 私もデモは作り込むし、すごい悩んでフレーズを一個ずつ作ったり、ピアノの音も一個ずつずらしたりして、コントロールしたものを作るんだけど、そこからはもう、一回手放してなるようにならせて、返ってきたものにもう一度手を加えるようにしてる。

酒井:だから「遊び」なんだね。

宇多田:そうそう。キュって締めて、遊びもたせて、キュって締めて、遊びもたせて。その繰り返し。

小袋:あと、Reuben Jamesのフレージングがすごかった。彼のメロディをつけていくセンス。

宇多田:私は自分でアレンジやってるから。ミュージシャンに演奏してもらうときに、自分が入れてない要素が入ってくるのが嫌で。こんなメロディ入れてないし、なに勝手に入れてんのってなる。けどReubenは、そういう旋律の要素を持ってきても、全然嫌とか邪魔とか思わない。自然に入ってくる。

小袋:俺、本当にあんなミュージシャン見たことない。あんなカッコいいピアノ弾く人。

宇多田:歌が好きで、メロディが好きだから、変な自己主張なく寄り添ってくれるんだと思う。

小袋:林檎さんの「丸の内サディスティック」もそう。ピアノがReuben Jamesで、ベースがJodi Milliner、それとChris Daveでしょ。もうあの味知ったら、他の人に絶対任せられない。こんなに背中を任せられるミュージシャンいないもん。本当に楽しかった。初めて人と音楽をやるのが楽しいと思った。ヒカルさんも含めて。

宇多田:安心があるよね。守られてる感じがある。

小袋:こんなにも人と作る空間が心地良いんだって、僕はそのスタジオ行って初めて感じた。今回のアルバムはそういう意味で、羨ましいんだよね。安心した環境の中で、それぞれのセンスが遺憾なく発揮されている。一人じゃできないものを作り上げてる。

宇多田:私も今回のメンバーや、最近一緒にやってるすばらしいミュージシャンとの巡り合わせがあったのは大きかった。一人で打ち込んだ曲を作るのとは違う、満足感プラス奇跡的な相性を感じながら音楽をやる新しい喜びを知ってしまった感じ。

Page1

Page2

Section

Special Site

宇多田ヒカル/初恋

lyric & comments