宇多田ヒカル
小袋成彬
酒井一途
座談会

Section 13

「どうなるかわからない未知の世界に、自分を放り込んでみて。もしかしたら全部考え直さなきゃいけない」

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「どうなるかわからない未知の世界に、自分を放り込んでみて。もしかしたら全部考え直さなきゃいけない」

小袋:今までのキャリアの中で、人に叩いてもらったことは当然あるわけでしょ?

宇多田:ほとんどないよ。何曲か数えられる程度。でもそれは本当そのまんまやってもらってた。現場で口で、「ドツドツ・ト・カッ」「ドンドン・ト・パアッ」ってやってくださいって。そんなんばっかり(笑)

小袋:俺、一番最初に現場入ったとき、それをやってるから、びっくりしたのよ。

宇多田:口で言って、って言われるの。歌手だから伝わるって。弦の指示も、Simon Hale(※前作「Fantôme」から宇多田ヒカルのストリングスアレンジを担当)から歌ってと言われて。歌うと、自分で専門用語で楽譜に書き始める。

小袋:信じられなかったのよ。

宇多田:そう?(笑)

小袋:僕は記譜をして、これを弾いてくださいだから。ドラムのパターンに対してもそれが三連符なのか、四分で休みが来るのかを、頭の中で言語化してスタジオに行かないと、お金がもったいなかったし。

宇多田:逆に時間かかんない? 元々あるイメージを譜面にしちゃったら、譜面は無限の解釈ができるじゃん。クラシックの人の仕事って、譜面の解釈でしょ。記譜したら、イメージが伝わらなくなるじゃん。

小袋:正しく伝わる唯一の手段だと思ってたわけよ。何も用意せず、現場で口でやるようなことなんてできなかったし、良くないことだと思ってた。でも今回のアルバムでそのプロセスを見たとき、本当にそれで良いんだ、って。ミュージシャンはちゃんと理解して、通じるじゃんってことがわかった。
 それって僕にはいろんな示唆に富んでることで、僕が人を信頼していないということにも通じたし、新しい音楽の作り方も発見した。何かにとらわれていたんだよね。譜面を書かなければならないってことに。そういうしがらみを一切排除して、本当に自分が音楽として表現したいものを、ただ純粋にできる現場。誰も冷ややかな目で見ない現場だった。だから勇気づけられた。

宇多田:これまで自分の持ってるイメージと結果を、コントロールすることに方法論があったんだよね。そうすれば予定通りのものはできるけど、それ以上のものが生み出されることが喜びじゃん。自分が知らないものを知りたいから作るってなると、コントロールを任せた方が良くて。どうなるかわからない未知の世界に、自分を放り込んでみて。もしかしたら全部考え直さなきゃいけないし、その場で反応しなきゃいけない。失敗することもあるかもしれないけど、うまくいったらすごい、うまくいかせてやるっていう意地でね。

酒井:委ね切るんだね。

小袋:スタジオ来るときに、本当に何にも用意しないの。どうするの? ってなる。

宇多田:「丸の内サディスティック」のときはね。あそこまでセッションする現場は珍しいよ。

小袋:平気な顔してんのよ、来るまで。「何か用意してきた?」って聞いたら、「何も用意してない」(笑)

酒井:頭にはあるの?

小袋:頭にもなかったんだよね?

宇多田:あれはでも私、なんかまあ、小袋くんもいるし、ReubenとかChrisとか、なんかいろいろいるし……

小袋:(笑)本当、なんかそんなんで。

宇多田:現場で、なんかやってみればいいんじゃない? って(笑)

酒井:(笑)

小袋:一応、ルールは決めてたんだよね。ピアノのReubenがバンドマスターで、ドラムのChrisは自由にやってくれ、ベースのJodiはみんなを統率してくれ、と。それで、ギターのBenは空間に徹してくれ。そういう役割を与えて、その中で自由にやるっていう実験的なところがあって、面白かった。

宇多田:狙いがないから、無意識な、無垢なものができる。うまくいけばね。

小袋:ドラムを結局使わなかったということもあったね。

宇多田:最初から「多分ない方がいいんだろうけど、一応、やってみますか」って申し訳ない感じでお願いして、Chrisが一生懸命考えてくれてやったんだけど、「ごめん、やっぱりない方がいいね。この曲には必要なかったね、ドラム。ごめんね。ありがとう」って。全然方向性が変わっちゃったから。

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宇多田ヒカル/初恋

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