宇多田ヒカル
小袋成彬
酒井一途
座談会

Section 4

「他者にこう思われたいという感情がない状態、他者をまったくもって意識しないでいること」

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「他者にこう思われたいという感情がない状態、他者をまったくもって意識しないでいること」

小袋:羨ましい。羨望だね。俺はそういうことがないからさ。

宇多田:論理的に全部やってる、ってわけじゃないでしょ?

小袋:もちろん。

酒井:「Daydreaming in Guam」にしても。

小袋:そう。でもむしろ、あれぐらいなのよ。結構さ、健全だから、心が。

宇多田:何か押し込んでるという感じでもないからね。

小袋:常に健全だから。

酒井:フラットだよね。

小袋:そう、常にフラットだから。

宇多田:その場で思ったこと言うタイプだもんね。

小袋:だから、爆発の前に抑制がない。蓋が開いた瞬間の爆発とか、無意識にできない。羨ましいんだよね。

宇多田:そっか。抑制が常にあるからこそ爆発も起きる、ということか。抑制さえなければ爆発も起こらないものね。

小袋:僕はダイナマイトを心にぶっつけてやらないと、出てこないんだ。だから僕は、真に芸術家ではないんだろうなって、自分のコンプレックスとしてずっとある。

宇多田:爆発が芸術の形態というわけでもないよ。

小袋:勝手なコンプレックスだからね。

宇多田:だから作家タイプだなって思う。日記をつける習慣がずっとあったりして。そのうち音楽じゃなくて、小説とか書き出しちゃうんじゃないかな。私はあくまで、音楽作る人だけど。

小袋:もう、ナチュラルボーンじゃん。

宇多田:小説家がそんなことやってると思わないもん。泣きながらとか。私が好きなナブコフの『Pale Fire』という小説があって。読む前から、タイトルが好きだったの。いつもミュージシャンに、どんな雰囲気で弾いてほしいかを伝えるときに、「青い炎、みたいにお願いします」って言ってたから。青い炎って、見た目すごくクールで、冷たそうなんだけど、実は赤い炎よりも熱い、最も熱い高温な状態の炎なんだよね。そうは見えないのにね。そういう感じでやってくださいって、いつもお願いしてて。
 だから、それなんじゃないかな。谷原さん(谷原章介)も沖田さん(沖田英宣D)も、小袋くんのアルバムの温度が低い感じがいいって、二人とも共通して言ってた。何かに酔いしれてたり、他者の目に甘えてる感じが一切なくて、解放できない自分へのもどかしさも含めて、どこかロジカルに醒めた目で自分を見ている。それさえ蔑む自分がいる。そういうものが表れているのがすごくいいんだと思う。

小袋:ありがとうございます(笑)とてもいい評論だと思います。グーの音も出ませんわ(笑)

宇多田:私もすごく自分を俯瞰するところあるけど、そういう自分に対しての蔑みはないから。

小袋:だから俺、きっと私小説的なものしか書けないんだろうな。

宇多田:私が思う小説家タイプは、どこかコンプレックスがあって、それを良しとすることなく、自分を批評してる自分がいるんだよね。それが私の好きな作家の本には、絶対ある。もしかしたら男性的なのかもしれない。女性作家の本には、あまり感じないかも。

小袋:老いてく男性の物語、すっげえ好きだもん。川端康成『山の音』、松浦寿輝『花腐し』。

宇多田:私読めなかったもん、苦手で。川端大好きなのに、『山の音』は読めなかった。

酒井:おぶは、むちゃくちゃ自分を突き放すもんね。

小袋:突き放すね、俺、確かに。

酒井:尋常じゃないよ。だからこそ私小説的なものを、まったくいやらしさなく、エゴが露呈することなく書けてるんだと思う。それこそ物語、だよね。

小袋:恥ずかしいです(笑)

宇多田:小袋くんの内部には、「小袋くん」と、「小袋くんを常に意識してる小袋くん」の二人がいて、お互いを見てるように感じる。私が違うのは、内部に私しかいなくて、それが全部。外の世界と行き来しやすい。自分と対峙する自分がいないから、無意識になりやすい。自意識の話をしたけど、小袋くんにはすごく自意識がある気もする。それは他者との関係性ではなく、自分との関係性の中での自意識がね。私、皆無なの。

小袋:俺はそうよ、同じ部屋の中で二人がフェンシングやってるみたいに。

宇多田:そうそう。闘ってるじゃん。

小袋:私的・自意識があって、ぶち殺さなきゃいけないんだ、そいつを。あるいは殺されなきゃいけない。闘牛場ともいえるな。周りがどう思ってようが関係ないの。だから公的・自意識はないわけ。でも自分の武器だと思ってる。あまりそういうミュージシャンいないし。

宇多田:だから面白い。

酒井:だからこの詩が出てくる。

小袋:人によっては、それをエゴイスティックで気持ちわるいと思う人も、たぶんいっぱいいる。まあ、別に関係ないんだけど。

宇多田:世間のリアクションを見てて、小袋くんに批判的な人とか、苦手という人は、すごく大きな誤解を持ってる気がする。そういう人は、「他者にこう思われたいという感情がない状態、他者をまったくもって意識しないでいること」を、信じられないでいるんじゃないかな。人の目を気にしちゃったり、競争意識の中にいたり、自分がこう見られたいという気持ちのある人が、「まさかこいつ、本当にそういう意識がないわけないじゃん、絶対カッコつけてるんだ、絶対なにか繕ってこうなってるんだろ、嘘のスタンスだろ」って思って、苦手だと感じてる人が多いような気がする。

酒井:それって嫉妬でもあるんじゃないかな。

宇多田:そうそうそう。だから極端に好きっていう人と、苦手だっていう人と、分かれてる気がする。

小袋:人生ずっとそうよ(笑)友達もずっとそう(笑)

宇多田:そうでしょ(笑)嫌われるか好かれるかでしょ(笑)

小袋:そう。どっちでもいいんだけどね、僕は。

宇多田:それがいいな、って思って。

酒井:清々しいよね。生き方、清々しいよね。

宇多田:(笑)風通しいいよね。

小袋:嫌いな人は本当嫌いだろうからね。

宇多田:媚びてない、ってことだからね。そこが魅力的だなと思う。

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