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「俺は統一には向かわない気がするし、だからヘッセが好きなんだ」
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小袋:フェンシングしてる自分がいないときが一番心地いいかもね。
酒井:わかる。その状態をいつも目指してる。
小袋:どこにも自分を咎める自分がいない時。
宇多田:自意識が消えちゃう瞬間ね。私、それが音楽作りのときに感じる、一番の快感。自分が消える。出てくるんだけど、同時に消える。
小袋:僕は常々いるから。
酒井:作ってる時も?
宇多田:作ってる時、開放されないの?
小袋:できればいなくなってほしいと思って没頭するけど、やっぱりいる。常にそいつと闘いながら作る。そいつがいない時にできた作品がいいとは限らないし。僕にとってね。だって、そいつがいることが本当の俺だから。そいつを押し込めたところで作っても、俺じゃないかもと思う。だから、ありのままって本当にできないんだよね。
宇多田:小袋くんに男性ファンが多い理由がわかった気がする。
小袋:俺、男性ファン多いの?
宇多田:だってライブ会場、男ばっかりだったじゃん。
沖田D:出待ちが男だけ、って初めて見たよ、俺。
小袋:ハハハ(笑)
宇多田:何か感じるんじゃない? 全部出てるからさ。
小袋:読んだ作家で誰かいる? 同じような人。
酒井:誰かな……ヘッセは統一に向かう。
小袋:ヘッセは統一に向かう。確かにそうだ。俺は統一には向かわない気がするし、だからヘッセが好きなんだ。
宇多田:違うから好きなんだ?
小袋:憧れも含めてね。
宇多田:キャラは全然違うけど、男らしさとは何かという、葛藤のプロセスが透けて見えてしまっているという点で、三島由紀夫。
酒井:ハムレットとか?
宇多田:作家としてのシェイクスピアが?
酒井:ハムレットというキャラクターが、だね。
小袋:なぜ聞きたかったのかというと、そういう自己批判の討論を超えた末にできた芸術には、どんなものがあるのかに興味があってさ。
酒井:ドストエフスキーどうだろ?
宇多田:ああ! ロシア系っぽいかも。ナブコフもそういうところある。メタにメタを被せていく感じ。『青白い炎』好きかもよ。設定が狂ってるんだよね。自分が作った存在しないはずの架空の詩人を、あたかも本当の詩人かのようにまえがきに書いて、その詩人の詩を載せて、解説してる。もちろん詩も含めて、自分が書いてるんだよ。そしてその詩の中にもまた、架空の世界が存在してるの。全部が実話のように描かれてる。
酒井:あと、ツルゲーネフ。特に『ルーヂン』がいい。好きだと思う。
小袋:ツルゲーネフね! 種田山頭火が訳してたな。
宇多田:私、いつか小袋くんに、小説も書いてみてほしいんだよな。絶対合う。
小袋:いいんですか、レーベルとして(笑)
宇多田:楽しみにしてる。
小袋:まあ書かなければならないと思ってる。一、二年で書けるものじゃないけどね。