宇多田ヒカル
小袋成彬
酒井一途
座談会

Section 6

「小袋くんは、わかんないから考えない。他者を考えないで自分を保ち、生存する。私は、他者を考える、考えることで生存する。」

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「小袋くんは、わかんないから考えない。他者を考えないで自分を保ち、生存する。私は、他者を考える、考えることで生存する。」

宇多田:自意識の話、最近よくしてるよね。私と小袋くん、逆の部分と共通している部分がある。

小袋:共通している部分は?

宇多田:「他人の気持ちはわかんないから、存在しないものとする。昔決めた」という話を、知り合った頃にされて。もしかしたら、出会った日にいきなりだったかも。

小袋:そこまでは言い切ってない(笑)「わかんないから、考えないことにする」って言った。ないものではないんだけど、僕にとっては考えてもしょうがないことだ、と。

宇多田:私、衝撃的だったから覚えてるよ。わかんないものは、ないものとする、って(笑)

小袋:まあ、わかんないからね(笑)

酒井:おぶっぽいね(笑)

宇多田:すごい変な人だな、って思った。子供の頃、母親に「あんたは本当に人の気持ちがわかんない子だね」って散々言われて、「はーん、なるほど。俺わかんねえんだ。じゃあわかんねえものは、ないものとしよう」と。それから、本当に他者の気持ちをまったく考えずに生きてる、って言い切られたから。思春期にそこまでハッキリ決めて、それを信条に生きてるの、珍しいなと思って。特に日本人ではね。私のイメージで言うと、日本社会では周りを気にして、自分を出しにくいというのがあるから。

酒井:おぶはさ、でもすごく友人思いだよね。わかんないけど、わかんないからこそ、自分がやりたいやり方でもてなしてる感じがする。

小袋:その話で思い出した。友達の家に行くとき、渋谷のデパ地下でお土産に何を買うか話したのよ。彼女は「その人が喜びそうなもの、邪魔にならなさそうなもの、みんなでつまみやすそうなもの」って視点で考えると言い出して。僕はそういう視点で考えられないから、「俺が喜ぶもの」を(笑)

宇多田:「俺が食べたいもの」っていうの(笑)

小袋:俺が喜べば、みんな喜ぶやんって(笑)そういう発想になっちゃうんだよね。だから、本質は何かというと、「あなたは私」ということでしかない。俺にとってはずっと。わからないというか、「大切な友人は私」だから。

宇多田:根底では、私も他者の存在なんかどうでもいいって、本当は思ってるの。それこそ子供の頃から、大事なものは他者に求めてはいけないと思ってたから。大人はみんな、違うこと言ったりするでしょ。だから、真実や救済を他者に求めてはいけない、って気づいてた。けど子供だったから、まだ大人に頼らないといけないじゃない。ある程度は他者と共存して、生存していく必要があって。それでわからないなりに、AIみたいに他者の行動パターンとか、思考パターンのデータを集めて、予測したり危険を察知して生きてきた。だからある意味で、私は他者のことをすごく考える。事象としてね。自分の身の安全のために。小袋くんは、わかんないから考えない。他者を考えないで自分を保ち、生存する。私は、他者を考える、考えることで生存する。逆の対応をしているだけで、根底の感覚、哲学は同じなんだろうな。
 だから自分の好きなものだけを考えて選ぶ人といるのは、私タイプからすると楽なの。おたがいに私タイプだと、相手が欲しがりそうなものを考えあうから、空論と空論がぶつかりあって意味がない。

酒井:すごく日本的だよね。

宇多田:そう。そういうのがないから、小袋くんのことを好きな友人たち、たとえば一途くんは、彼を信頼しているんだろうなって思う。嘘はないのがわかるから。変にこちらを気遣って、本人が嫌だと思うことをやってるんじゃないか、って心配をしなくていいから。音楽のやり取りでも、それが本当に楽だった。そうじゃなかったら私、プロデュースとか音楽の仕事で関わることはできなかった。

小袋:プロデュースの過程で、最初はめちゃくちゃぶつかった。「こういう歌詞の方が、もっと人に響く可能性がある」って言われて。つまり、他者が目の前にいるという想定での、プロデューシングをされて。僕にはまったく意味がわからなくて。なんでそこに他者が介在するのか。僕からしたら、他者を観察することによって得た情報で、他者に共感できると思っていることが、不思議で仕方ないんだよね。人が本当にどう思っているかなんて、確かめられないから。

宇多田:レストランを開くのに、人がどんな味だと思おうが関係ないんだというのなら、お店を開かなければいいじゃない。自分のためにだけ、料理して食べてればいいんじゃないの、ってことになる。でも自分が美味しいと思うものを、みんなに提供したいという思いもあるはずでしょ? そうでないなら、みんなに提供するというのはなんでなの? って。矛盾を感じちゃったわけ。
 他者のニーズに応えろ、というんじゃないよ。それは芸術じゃない下品なものだから。でも、無視はしない、っていうのが、私の精いっぱいのアーティストとしての大事なこと。そこに他者がいて、無視はしないけど、迎合もしない。本当にちょっとしたなにか、薄氷のような、あるかないかよくわからないくらいの意識の違いなんだと思う。意識するのと、無視しないのと、ぎりぎりのあいだくらい。小袋くんは、最初無視してるっぽい感じがあって。

小袋:それは気付かされたことだね。

宇多田:でも変わったよね。

小袋:変わったと思う。

酒井:変わった感覚が自分であるんだ?

小袋:ある。というか、混沌に向かった。言葉を使ってる以上は、社会が前提になってるからさ。そもそも言葉はコミュニケーションの手段なわけじゃない。他者との、あるいは自分とのコミュニケーションを、顕在化させるための手段。だから、他者がいない音楽はありえない。ありえるとしたら、ギター持って、言葉なんかなく、ただギターだけかき鳴らしていれば良くて。でも、やっぱり僕は言葉が先に来るからね。探り探りだな。

宇多田:私は、そこに言葉のあるなしは関係ないな。言語のルーツは音楽なんじゃないか、っていう説があるという記事を、同時にいくつか目にしたんだ。私、曲作ってるときに、絶対に音楽からはじまって、言葉なんか一言もないところから、和音とか主旋律が出てくる。そこに、ぜんぶ内容が詰まってる。私の曲のね。言葉がなくても、意味がすべてあるの。言葉の種になるような、感覚とか感情がすべて。そこから一生懸命、訳して言葉にする作業がはじまる。言葉って、社会の中でこういう意味だという、共通認識の中で成立している記号じゃない。音楽も、ちょっとそうなんじゃないかって思うの。

小袋:A=440Hzって決まってる時点でね。

宇多田:設定してあって。チューニングもぜんぶ。なおかつ昔から私が面白いなって思ってたのは、世界の人類の中で、マイナーコードが悲しいっていうことが結構共通していて。周波数の三つの音の組み合わせで、真ん中のやつの周波数を落とすと、楽しいと思ってたはずのシンプルな音の響きが、急に悲しい、哀愁のある音に変わる。なんで人類がみんなそう思うのか不思議じゃない? それこそ音楽は、言語のルーツなんじゃないかなって、音楽作ったり曲を書いてると思う。

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宇多田ヒカル/初恋

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