Section 8
「『ありのままでいいじゃないか!』って思ったとしても、『ありのままでいいのか?』って言ってくる自分がいる」
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宇多田:次はどうなるんだろうね。『分離派の夏』以降。処女作、ってわけじゃないじゃん。自分で歌ってなくても、これ以前にもいろんな曲を作ってきたわけで。今回こうして自分だけが歌う、自分の顔がつく作品を作ってみて、音作りの点での気持ちの変化はあった?
小袋:家で作ってたから、あんま大きな音出せなかったんだよね。空間があまり感じられない、近いとこで鳴ってるアルバム。『初恋』みたいな開けたサウンドって、作る環境的にできないのよ。だからもう家では作りたくない。それはもう飽きた。
宇多田:家じゃなきゃ開放感が出せる?
小袋:単純に音を出せる環境であればね。
宇多田:生演奏の分量とかではなくて?
小袋:じゃなくて、そもそものデモ作りの時点で、開放的な空間を想定して音が出てる状態。カフェみたいに人がいる開けた場所で作ってみるとかね。環境を変えたいね。あとは誰かを信頼して任せてみる。これまでは全部コントロールの中でやってきたから、手綱を緩めることをしてみたい。サウンド的にはそんな感じだけど、コンセプトは本当にわかんない。
宇多田:そろそろ新しい曲をレコーディングしなきゃって話をしてるよね。もうやらなきゃいけないんだ、大変だなと思って。作り終えたばっかりじゃんって(笑)
小袋:私小説を自分自身で批判してみたかった。じゃないと、発展しないような気がして。でも性格的にやっぱり無理なんだよ。どうしても私小説的になってしまう。二十六年間の毒を出し切って、まあ出してない毒もあるけど、たぶん今回ほどの思いのものは、もう作れないのよ。今度は五十二歳にならない限り。だから何をすればいいのか。
宇多田:何について書けばいいのかがね。
小袋:それがまったくわからない。
人の作品を聞いて僕が好きな作品って、ちゃんと他者が意識されていて、人から聞いた話を自分なりに咀嚼して出されているようなもの。それでいて普遍性が感じられるもの、なんだよね。でも俺が作りたいのはそういう曲じゃないのよ。あまのじゃくなところもあってさ。それは他の人に任せておけばいいやって。僕が僕でしかできないものをやるべきなんじゃないかなって、思うから。もっともっと私小説的になっていくか、どうか。社会性が謎に高くて、ずっと自分対自分でフェンシングしてる俺という男を、突き詰めていけるか。そういうことをしないと、僕はアーティストである意味があまりないと思う。
宇多田:今後も自分が歌う曲を、自分で書いて発表していきたいって気持ちは、ある?
小袋:ある。それはもちろん。
沖田D:よかった(笑)
宇多田:よかったね(笑)どうなるかなって思ってた。小袋くんの友達なら、彼が自分でやりたくないこと絶対やらない人だって、わかってるじゃない。だからここで、「いやあ、やったけどなんか、もういいわ」とか言われたら、契約とか関係なしに、本当にもうやらないだろうなと思ってたから。
小袋:僕、今回の作品は自分で好きだけど、不本意でもあるの。できなかったことが多すぎる。予算とかじゃなくて、僕の技術としてできなかったこと。
宇多田:いいことじゃない。次に繋がるから。
酒井:「サウンドとして開けたものを作る」って言ってたけど、あらゆる面でそうじゃない? カフェでデモを作ることになったら、それは人がいる環境の中だからさ、狭い部屋に閉じこもってある意味自閉した状態で作るものとは、きっと出てくるものがまったく違うよね。音、以外の点においても。周りに他者がいると、気にはしないにしても、いること自体はどうしても認識してしまうから。無意識の中で。
宇多田:他者の存在を感じることができるよね。
小袋:僕の制作スタジオは五畳くらいしかなくて、直射日光が入らなくて、あんなところじゃあんな音楽しか生まれない。
酒井:それはそれで、素晴らしいものだったけどね。
小袋:そう。だから自閉したものを一回作ったことで、そういうのはもういいから、次は太陽の下でとか、違う環境で作りたいね。……フェンシングってのはやっぱ面白いな。自分と自分で、間合いを計りながら常に闘ってるからね。
酒井:あらゆるものをメタで見て、すべての自分の行動や発言に対して、批判をする自分がいるんだよね。
小袋:そうそうそう。
宇多田:だから歌詞に「ありのまま」ってのが出てくるのかもね。私、印象的なんだよね。自分自身がありのままでいられないから、ありのままであろうとするんでしょ。私は歌詞にその言葉、使わないから。使えない言葉のような気がする。「ありのまま」がありのまますぎて(笑)特別なことじゃないから、意識しない。
小袋:本当そうだわ。僕はずっと頭の中で討論してる、ずーっと。「ありのままでいいじゃないか!」って思ったとしても、「ありのままでいいのか?」って言ってくる自分がいるんだよね。
酒井:めっちゃ共感する。
小袋:わかる?
宇多田:(笑)
小袋:もはや癖なんだよね。仕方ないんだよ。過去の自分の悪行とか、人を傷つけてしまったことが、常々議題として頭の中に上がるわけよ。街を歩いてて突然思い出して、「あれは良かったのか、どうすべきだったのか」が常々浮かんできて、討論してんの。一度結論が出るんだけど、いつの間にかその結論は忘れられてしまって、また同じ討論をするんだよ。
酒井:するね(笑)ひたすら繰り返すよね。
小袋:繰り返す。で、「それはもう君は前に言ったでしょ」って、自分に対して言ってるのよ。
宇多田:「前も言ってるけど学習していないのか?」とか?
小袋:「ダメじゃないか」って。でも蹴落とすわけじゃなくて、議論を面白がる自分もいたりする。
宇多田:男性的な目線なのかな? 男と女で区別してもあれだけどさ。女の子って、過去の恋愛を本当に引きづらないよ。よく言われるけど、今好きな人のこと以外どうでもいいから、過去を振り返ってどうとかこだわらないし、今しか感じてない。
小袋:その話だよね。
宇多田:だってどうしようもないことだし。どうしようもないことをコントロールしようとする気持ちが少ないのかもね。自分の身体も変化するから、自分さえコントロールできないって感覚がある。他者のように、あるいは世界のようにね。常に揺らいでることが自然。
男性はどちらかというと、一定であるべきというプレッシャーとか、常に一方向に向上し続けなきゃいけないというプレッシャーのもとで育ってる。教育の影響もあるかもしれないよね。
小袋:男性性に縛られてる。
酒井:コントロールって、支配するってことでもあるしね。それが自分に向かうか、他者に向かうかの違いがあって、僕らは自分に対して向かうんだろうね。自分を支配して、統率しようとする。
小袋:しかも調和を求めてない気がするんだよね。
宇多田:何との調和?
小袋:ある議題に対して、自分の中で二つの視点があっても、調和することを求めてない。討論してることそのものが目的になってるのかもしれない。「GOODBOY」で書いたけど、「一体何人僕がいるんだ?」って。まさにそういう状況。
宇多田:統率も図ってないんだ?
小袋:もう逃れられないものなんだよ。
宇多田:不思議だね。私、女性代表みたいになっちゃうけど言うと、
小袋:いいんじゃない?(笑)
宇多田:自分にいろんな矛盾があることが当然だと思ってるから。いい子な自分と、悪い子な自分、みんな含めて一人の自分っていう意識がある。今こう思ったけど、同時にまったく逆のことを思っても、問題視しないよ。
なんか、男の子っぽいんだね、二人とも。すごく男の子。
小袋:男の子だよ(笑)
宇多田:それが出てるのがいいと思うんだ。
小袋:今回のアルバム、自分じゃ痛みが強すぎて聴き返せないんだよ。恥ずかしい。
宇多田:ありのまま出てるよ。頑張って出した。
小袋:出し切った。